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yatohikoのブログ【酒と泪と男と???】

まあ日々の徒然ってことです・・・

思わず\(~o~)/バンザイ

 

日本の水球ポセイドンジャパン)が32年ぶりのオリンピック出場!

ニュースを見た瞬間は私もおもわず万歳をした(ノ><)ノ

 

競技人口が4,000人ほどの超マイナースポーツである。

ちなみにバスケットの競技人口は60万人以上。

欧米はプロスポーツだけど、日本の選手には定職につけない選手もいる。

水中の格闘技といわれ体格が絶対的有利な欧米向けのスポーツである。

水中ではかなりなことをしています・・・審判から見えにくいですからね。

 

最近ではアスリートの魂やニュースの特番でポセイドンジャパンを取り上げてくれるので、喜んで視聴している。

こんな日が来るとは想像していなかったというのが正直な気持ちです。

 

 

超攻撃型 水球日本代表 ポセイドンジャパンの挑戦

                      大本洋嗣(叢文社

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私は”フェアプレー無きスポーツに発展はない”と思っている。水球があらためなくてはならないことで有り、メジャースポーツにならない理由は正にここにある。

観客は水中での殴り合いを見に来ているのではない。見えないところ、わからなければ何をしてもいいなどと言うスポーツは存在しない。

ルール上は禁止されているとは言え、黙認が頻発しているようなスポーツは水球だけ。審判にバレなければ相手を殴ってもいい、反則をしても勝てば良いというスポーツを子供にやらせたいと思う親がどこにいるだろうか。

激しいボディーコンタクトが水球の醍醐味のひとつであると言うことは否定しない。

しかし、水球はファウルありきプレーを日常的に行っている。

パスラインディフェンスは相手を守るのではなく、ファウルをしないでパスコースを守るシステム。

 

今までのセオリーであるゾーンディフェンスとは全く発想が違う。

そのためには、とにかく相手より泳ぐ力が必要になるので、練習が半端ないみたい。

 

勝ち負けを争う競技スポーツには ”言い負けっぷり” というものが無ければならないと思っている。敗れた後に相手や審判に対して悪態をついたり、言い訳したり、勝敗を審判の責任にすることなく、互いに健闘をたたえ合い、関係者や支えてくれた人に感謝できる気持ちを持てるかどうかが、流動的に起きる勝ち負けよりも普遍的な意味合いで大事なことである。 そのような思考を持つためには試合で、”思い切りプレーしたか” ”全力を出したか”、練習では ”向上心を持って努力したか” と言うことが大事だと考えている。

 

あと一ヶ月でオリンピック。やるからには良い成績を残して一大旋風を巻き起こして欲しいなと思う。

 

居心地の良い店

料理は美味しいんだけど店員の接客が・・・

料理は美味しいんだけど落ち着かない雰囲気・・・

これだけ良い素材を使って高い料金を取るなら・・・

お客(顧客)の期待と店側や設計者が満足する機能が一致していない飲食店に入ってしまうと、心の底からとても後悔します。

先日も息子と飲みに出かけ、最近できた居酒屋に入ってみました。

夜の8時なのに20テーブルくらいの店に一組だけ・・・マズった!

でもエレベーターホールを降りると店内に直結(この動線は店側の陰謀としか思えない)していたため、逃げるにはちょっと恥ずかしいのでとりあえずちょっと飲んで他の店に移ろうと。

料理もたいしたことないのに結構な値段は取るし、接客もなってないし、客がいないので厨房内でスマホゲームしてるし、クーラーは体に直接当たって寒いし・・・褒めるところ無し。

 

 

この著者がデザインした店なら間違い無しだと思います。

 

繁盛論 神谷利德(アスキー新書

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店舗デザイナーや工務店の方の中には、クライアントの言われたとおりに店舗を設計し、それが仕上がればOKというタイプの人もいる。

センスがあろうがなかろうがどうでもいい。言われたとおりに仕事を遂行することが使命だから、ある意味プロフェッショナルとも言えるかもしれない。

おそらく彼らは、店舗が完成したところが仕事の着地点だと考えているのだろう。

しかし、僕は違う。店舗が完成し、そこが繁盛するところが着地点だ。

 

こういう思想だから、年間100軒もの店舗をデザイン、プロデュースして今では1,500軒以上の物件を手がけたのだと思います。

神谷さんの真骨頂は、まだ駆け出しだった頃に建築関係の専門誌で「ローコストで納める工夫」という特集でのインタビュー記事に現れていると思う。

 

このとき、僕以外の数名の建築家や店舗デザイナ-は、ローコストで納める工夫について「デザインの構造を根本から見直します」とか、「業者選定から考え直すでしょうね」などと語っていた。

しかし、僕はと言えば「設計士自らが作業」と答えたのだ。

他の設計士とあまりに差のある”ガテン系”な答えに思わず笑ってしまったが、

この「現場主義」は僕の根底に流れ、今も基本は変わっていない。

 

確かに居心地が良い店が多いと思います。

 

 

バチが当たるぞ

行きたかった場所のひとつ「貴船神社」に行くことができました。

今まで縁が無かったんだけど、なぜか急にバタバタと行くことに決まりました。

参詣した感想は、なんだかな・・・という残念な印象。

あまりにも観光地化されていて、ゆっくりとお詣りもできない。

参詣者が来てお金を落としてくれないと維持管理ができないのは理解できるんだけど。

もう少し、神様にお詣りするという気持ちを持てないものかなと悲しくなる。

手水も使わないし、大声でしゃべくりまくっている大学生達、子供が飛び回っているのを静かにすることを教えようとしない親。

真後ろで大声で話をし続ける若い男に、社殿前に着いたときとうとう私は堪忍袋の緒が切れたたので、低い声でいい加減にしろと注意。

素直に聞いたのは良いけど、5分もするとまた始まった。

あきれ果てました。これは僕の修行??

奥の院は割と静かで少しはましだったけど。

その後で、鞍馬寺に参詣。ここでは強い気を感じた。どうも今回はこちらのお寺に呼ばれたようでした。

 

神様の御用人3 浅葉なつ(メディアワークス文庫

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ひどいときには、汁が入ったままのインスタントラーメンのカップまで放置してあるらしい。

「バチが当たると思わないのかねえ」

「神への畏れが薄れている証拠よ。今の世には自らの命は神から与えられ、神と共に生きる御魂であると言うことを、忘れている人の子が多すぎる」

 

貴船神社は丑の刻参りで有名になったようですが、原点は嫉妬に狂った女が、相手を殺すために自分を鬼に変えてくれと、貴船の神に祈ったという平家物語の一節のようです。

だから五寸釘やわら人形は出てこないのです。

 

神とは豊穣や繁栄などの大きな祈願に関与し、個人的な祈願にはほとんど干渉しないのだ。

汚れを洗い清める水神である高龗神(竜神)が、呪いの一端を担うなどあり得ないと言うことだ。

 

 

大切な人を思う心

海老蔵さんの会見を聞いて、彼や家族は言葉で表すことができないくらい大変で、一瞬一瞬、毎日毎日かけがえのない時間を過ごしているんだなと、その真摯な姿勢は言葉を選びながらも心にしみてくるものでした。

そして成長しているんだなと。

前向きになるときと、不安になるときといろいろな感情が交錯しながら、とにかく前を向こうと。

とにかく周りの人は応援するしかないです。

 

空海「折れない心」をつくる言葉 池口惠観(知的生き方文庫)

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「自分の真ん中」に戻る

誰でも自分の中に「宝」(生きる上での軸)を持っています。しかし、多くの人がこのことに気づかないでいるのです。
お大師様はこれを、「自宝を知らず、狂迷を覚といえり」と言います。闇にさまよっている人間は、自分の中で軸となる宝を持っているのに、それを知らずに間違った考えや行動に走りがちだというのです。
まずは、何があっても自分の軸、つまり基本(原点)に立ち返ることです。
一刻一刻を積み重ねていく人生にはたくさんの試練が待ち受けています。人は試練に立たされて迷い、惑います。中心を取るとは、原点に立ち返って基本を見据える、と言うことです。自分が寄って立つ軸を見つめ直すこと、とってもいいかもしれません。迷ったり惑ったりしているときは、軸がぶれているのです。

日常的な場面で考えると、誰でも仕事でつまづくときはあります。さて、その問題はその時何を考え、どんな行動を取るかです。
毎晩のようにお酒を飲みにくりだして、おきまりの上司批判で溜飲を下げる。少しばかりの気分転換くらいにはなるかもしれません。しかし、それで試練に立たされている状況が少しでも変わることはありませんし、事態が好転することもありません。
そんなときこそ、まずは自分の考え、行動を振り返って、躓いた仕事で自分が与えられた仕事は何だったのか、その担った役割の中で果たすべきことはきちんと果たしたか・・・立ち返るべき原点、見据えるべき基本はそこです。

中心を取るとは、その時々の状況や局面を素直に受け入れることが不可欠です。 中心がはっきりとわかり、生きる上での軸がしっかりすれば、迷いや惑いの中にいても自分を見失うことは無くなります。現在起きていることの状況や現象、事態をぶれない位置から眺めることができるのです。

 

スクナヒコさん

数年前から少彦名命にご縁があるようです。

日本神話の中で大国主命と国造りをした神様で一寸法師のモデルだと言われています。

最近ではauの三太郎シリーズで一寸法師がこっそり写っているのが話題になってますね。

スクナヒコさんは、国造りの協力神、常世の神、医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持つと言われています。(Wikiより)

私の病気が治癒していく過程、そして生来お酒好きなところでご縁があったんだろうと思います。ご縁があると言うことはこの神様が好きだという感情に近いんです。

・・・私は決して危ない人ではありません(笑)

先日も出雲大社に参詣して、境内にスクナヒコさんが祀られていないことに気づき、境外にある祠に導かれました。その当たりのいきさつはここでは表現しにくいですね。

その日は玉造温泉に泊まって、美味しい料理と美味しい日本酒を賞味して気持ちよい旅にしていただけました。

 

世界一旨い日本酒 古川修 (光文社知恵の森文庫)

 

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酒造りの起源

日本では、自然のすべての中に八百万の神が宿るという神道の考え方が古くから根付いていた。キリスト教のように、神は絶対で、その神のコピーである人間が自然界の頂点に立つ、という世界観とは真逆で、人間は自然界の一部であり、人間と自然が共生できるように生活を工夫していた。

建築物の和洋の違いを見ると、西洋の建築物は上から眺めると整然としていて美しいのに対し、日本古来の建築物は内側から天井の方を見上げると美しい。神の視点の違いが建築のデザインに現れている。

現在も見られる日本の田舎の里山風景の美しさは、厳しい自然の中で住みやすいように長い年月をかけて人々が改良を重ねていった結果である。

そのような生活の中で、酒を飲む行為は、神に近づき、神と一体化することが原点となっている。日本人が大好きな桜の花見は、元来は農耕民族である日本人が、その年の農作物のできを占い、豊作を祈願する祭として行われていた。そこで、神に近づくために酒が必要となる。祭の時季には神が神社に降りてくる。ここでも神と一体化するために酒を飲む。

祝いの酒でも、神に見守られながら酒を飲む。

 

お酒を飲んで気持ちよく、楽しく酔う時はいいのですが、神に近づきすぎて正体をなくす時が要注意ですね。

ある意味違う時空にいるのでしょうかね(笑)

街を造る

熊本地震から一ヶ月半が過ぎようとしています。

阿蘇山周辺では地滑りの兆候も出ていて、これから梅雨に入るのでとても心配しています。

土木技術者の皆さんは命の危険にさらされながら災害復旧に取り組んでいます。

 

名古屋でも戦後、焼け野原から都市計画を整備して、飛行機の飛ばない滑走路を造るようなものと揶揄された ”百メートル道路(久屋大通若宮大通)” を造った、名古屋にとってはなくてはならない偉人がいます。

百メートル道路を実現するために、最大の難関であった市街地内の墓18万基を千種区の丘陵地へ移転させました。一基の墓を移転させるだけでも大変なことなのに18万基です。
戦後の焼け野原からの復興でこの墓の移転が成功しなければ、今の名古屋はないのです。

田淵さんは今もなお、たった一人の名古屋市名誉市民です。

 

土木技師 田淵寿郎の生涯(あるむ)

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名古屋市助役でありながら、自らを「助役」といわず「除厄」と呼び、都合の悪い時はおれのせいにせよ。厄を払い除けてやる。しかし、仕事には、身をすててかかれ。試練には立ち向かえ。
戦災と伊勢湾台風、2つの試練を乗り越えてきた。家族を愛し、長男を若くして失った悲しみに耐え、土と花と信仰に生きた田淵さん。百メートル道路の成果を自らのものとせず、協力した市民をほめ、清貧そのものであった。
 

技術屋さんでありながら、哲学的で信仰心の暑い人だったようです。
このような先人のおかげで今の名古屋、日本があります。
このことを心に感じた上で、これから先の人たちのためにも、良いものを残していきたいものです。

 

毎日しまったなと思っている・・・

 

「うまい伝え方は、会話の得意な才能のある人だからできるのだ」
と思っていた筆者。
僕もすべてではないですが、大部分は才能かなって思っていました。

会話が得意でない僕は、それでも年齢を重ねると口べたなところも

それなりにごまかし方を覚えたり、ちょっとお上手を言ったりする

ことができるようななったかな・・・

って思っているのは自分だけかも。

この本を読むと、伝え方はテクニックが大部分を占めるんだなと

思い当たります。

 

 

伝え方が9割 佐々木圭一(ダイヤモンド社

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レポートが期限内につくれません。延期してもらえるようにどう頼みますか?
「レポートの提出、延期して下さい」
あなたの頭の中そのままです。延期はしてくれないでしょう。
なぜなら期限はお互いで決めた約束ですから。
延期してくれたとしてもあなたの評価は下がりますよね。
ですが、コトバ次第で結果を変えることができます。
「クオリティ上げたいので、粘ることできませんか?」
こうすると、延期してもらえる確率がぐんと上がりますよね。
頑張り屋さんという評価までついてくるかもしれません。

 


なるほど、言われるとおり。100%でなくても、言われた方の感情は
かなりポジティブに受け取るだろうね。

 


「イエス」に変える3つのステップ
 ステップ1 自分の頭の中をそのままコトバにしない
 ステップ2 相手の頭の中を想像する
   相手の頭の中を想像するときの切り口は、相手のすきなこと、
   嫌いなことの回避、選択の自由など7つの切り口
 ステップ3 相手のメリットと一致するお願いをつくる

 


思い当たるところがあります。
相手との会話で気まずくなったり、しら~とした雰囲気になるときは、
必ずと言っていいほど、ステップ1と2を省いているかも・・・。

先週もあった・・・(涙)